以前に電子ボリュームのチャレンジでは2度失敗しているのですがDACでかなりの飛躍を遂げたため、ノウハウを再投入して性懲りもなくまたチャレンジです。今回の設計の特徴は次のとおりです。
- MUSES72320を使う。とりあえずアンバランスで。
- 入力と出力にはアンプを入れる。それぞれディスクリートアンプにする。入力アンプは見かけ上の可変抵抗による劣化を防ぐため。
- レギュレータは今までの最高のものを投入する(アナログJung2000、デジタルJung95)
- ディスクリートアンプ用にDCサーボを入れる。
結論
明らかに失敗作です。ダラダラ書いても仕方ないのでズバッと書きます。結構頑張って作ったのですが。
まず設計の問題として電子ボリュームの入り口でディスクリートアンプを使うとDCが出るのでボリュームの切り替えノイズが出ます。ゼロクロスポイントを検出しますが微小音量時にDCが残っていると検出できずにプチノイズの原因となります。ディスクリートアンプ上でDCを調整してもすべての条件で安定するわけじゃないのでプチノイズは完全にはなくなりません。これは入り口のアンプをICに変えれば改善できますが、わざわざディスクリート用に設計にした意味があまりなくなってしまいます。
次に音質ですがやっぱりダメです。MUSE72320はこれで完全に見切りをつけました。このプリをDACの出力に接続すると明らかに劣化をします。試聴がスピーカだろうがヘッドフォンだろうが同じです。もちろん電子ボリュームの電源は別供給にして理想状態に近づけていますが、それでも音質的にはMUSES72320を通過するとかなりの劣化があります。もちろん以前作成したものよりはずっと音がいいのですが、やはりアッテネータや高級プリには完敗です。それどころか間違いなくデジタルボリューム以下です。コストと物量をこのようなところに掛ける価値はないと思いました。
結局これを使うならデジタルボリュームのほうが音はいいです。どういう音質の違いかというと、DACダイレクトのデジタルボリュームの音質はアッテネータや高級プリを通すよりもさらに分離はよくストレートな音でした。奥行が深いとか減衰がどこまでも伸びるとかそういう方向性です。アナログのボリュームではまっさきに失われる部分です。質の悪い抵抗や高い抵抗値もそうですね。決して音色とかニュアンスがどうとかの問題ではありません。音が消えるかどうかです。消えた音は戻りません。
アナログボリュームは悪いと言っても確かに高級な製品であればやはりメーカーのカラーという意味でプリを通すのも味があって良いものですが、単純な品質、忠実度だけならデジタルボリュームのほうが優れています。よく言われるデジタルボリュームのビット欠けについては最新のDACは内部処理が24bit以上なので16bit音源の再生ならば極端に音量を絞らなければ実用上問題にはなりません。
少なくとも自作DACのケースに限って言えばデジタルボリュームのほうが音は良いということです。そしてアナログでデジタルボリュームを超えるのは本当に容易ではないということです。このようになった原因として考えられる理由などは後述します。
高級プリってこれです
たまたま比較する機会があったのですが、高級プリとはLINNのKlimax Kontrolです。まぁこれに勝とうというのは無謀というものかもしれませんが、当然ながら音質、音色、魅力、全てにおいてMUSES72320単発では勝負になりませんでした。でもDAC直のデジタルボリュームは音質とかクオリティだけならこれよりいいんですよ。それだとLinnの強いカラーや個性がないだけです。
重要なところはこのクラスの機材を持ってきても分離重視ならばDACのデジタルボリュームのほうが良いってことです。
しかしだからこの機材に意味が無いってことじゃありません。音楽はそれだけでは語れない要素があります。この機材の特徴はそういうクオリティ本意の部分じゃなくて、最大の魅力はやっぱり音色でしょう。美音系で聞いていて癒やされる方向性だと思います。音は明らかにソースから変わるのですがその方向性が決して嫌な音じゃなくていわゆる良い音になります。すごく上品さを感じる音色です。このあたりはやっぱりメーカーの強いカラーと思います。高水準のクオリティを維持しながらわかりやすいメーカー独自のカラーと魅力をしっかりと出してくるわけです。これはいいです。ハイエンドブランドの条件はこういうところだと思います。
制作サイドの言い方に変えると、上質なアナログアウトボードでソースに音楽的ニュアンスを付加するようなイメージでしょうか。大抵そういう機材は高いもんです。Manley、Neve、Avalon等でしょうか。このプリも例に漏れずということだと思います。その機材でなければならない理由がある。それがなければ…単なる特性やクオリティ勝負だけでは、後発でより上位なものが登場した時にその機材は存在意義を失います。
Linnのチューニング方法
ではどうやってこのようなカラーを作り出しているのでしょうか。所有者の方にお許しをもらってちょっとだけ内部を確認したのですが、いやー詳細はさすがに書けませんが面白いです。セオリーに反したことをやっています。電源なのですが電源で普通はAのことがLinnではBでした。市販製品でBになっているものはちょっと想像できません。というか存在しないと思います。こういうところが独自性なのだと思います。確かに音は変わると思います。
この単純なハイクオリティを実現するだけにとどまらず最後にウソというかありえないことをやるわけですね。真面目なだけじゃ面白くない、どこか不安定だったり核心的な嘘が魅力を出す。このへん実は音楽制作と同じじゃないかと思いました。人間だってそうかもしれません。そして音楽ではそういう意図的なタイミングや仕込みで思い通りにリスナーの心理をコントロールする、それで初めてプロと呼べるレベルと思いますので、Linnはそういう意味ではオーディオのプロでしょうね?ハイエンドブランドのやり方が一つ分かりました。でもそれは音楽制作と繋がる部分でした。面白いですね。
デジタルボリュームが優位になる条件
書き忘れていたので追記です。アナログボリュームよりもデジタルボリュームが音質的に優位となるには条件があります。何でもデジタルボリュームがいいわけじゃないです。そういえばお気楽WM8741を作った時はデジタルボリュームは悪くはないが圧倒的に優位とは思いませんでした。当時はボリュームを絞るとやっぱり劣化があるなと思ったものです。なのでデジタルボリュームが優位になったきっかけは基板設計をやり直してDAC出力のSN特性が優秀になってからの話になります。
これは要するにDAC出力のノイズフロアが全帯域で十分に低く安定していて、データシート通りのSNを実現できていることがデジタルボリュームの高音質化の条件になると思います。最近のハイエンドDACになってようやくデジタルボリュームの優位性が出てきたのかもしれません。なのでデジタルボリュームが優れているという事実はDACのスペックが上がったことによる新しい法則だと思われます。古い世代のDACならばアナログボリュームのほうが良いというのは正しいと思われます。
例えば当方の作成しているDACのノイズフロアはFFT観測で-150dB付近でリップルもありません。測定データのうち代表的な実測データを見せるとこんな感じです。このような測定が実現できている場合は大抵のアナログボリュームよりもデジタルボリュームが良いはずです。
アナログボリュームの減衰はこのDAC由来のノイズフロア自体を押し下げる効果があります。よく言われるアナログボリュームの優位性の一つです。もう一つがビット欠けがないことです。しかしアナログボリュームによる抵抗由来のノイズはDAC出力に対して付加されるので、アナログボリュームがDACのノイズフロアを下げる効果よりも抵抗ノイズが大きい場合には、アナログボリュームが音質的に劣る結果となるはずです。逆にアナログボリューム由来のノイズがDACのノイズフロアより低く出来る場合にはアナログボリュームがより優れた結果となるはずです。
デジタルボリュームの場合はDACそのもののノイズ量は一定ですからデジタルボリュームで音質を絞ることはSNの悪化となります。デジタルであっても減衰が大きすぎるとノイズフロアの上昇とともにビット欠け(16bit音源なら-48db以上の減衰)も起きますので、あまりにデジタルボリューム頼りになるのも考えものです。なので実用領域でデジタル減衰量が出来るだけ少なくすること。要はむやみに出力側のアンプでゲインを稼ぎ過ぎないことでしょうか。これもデジタルボリュームが優位になる条件となりそうです。
10kΩのアッテネータから発生する雑音はどれくらいでしょうか。こちらでも試算してみました。まずこちらの表を引用します。
以前乗っていた計算が間違っていたので修正します。(2014/12/04)
音声帯域幅を0-22kHzとした場合、10kΩの抵抗が音声帯域で生じるノイズが約1.9μVrms、DACのノイズはどれくらいかというと現代の平均的なハイエンドDACでは聴感フィルタなしだとSNは-120dB位がデータシートでは主流です。とりあえず-120dBで想定するとして、振幅2VrmsでSN-120dBならノイズは2μVです。
大体現代のDACのSNと10kΩの抵抗のノイズが同じくらいの量ですね。そのまま抵抗のノイズが乗ってきた場合DACのS/Nは-114dB位に悪化するということになるかとおもわれます。これではアナログボリュームで信号レベルを減少させたときにノイズフロアが減少するというメリットがあっても抵抗由来のノイズで台無しです。
過去に何度もチャレンジしてきた内部抵抗が10k~20kの電子ボリューム(デジタルスイッチのアナログボリューム、デジタルボリュームではない)を通した時にDAC直よりも劣化してしまうのはこの抵抗由来のノイズがDACのノイズに加算されることが原因だということはこの結果から判断できそうです。大幅な劣化ではないにしろDACのスペックよりもS/Nは悪化してしまうわけです。最新のDACの真のスペックならば普通にアナログボリュームとして使われる代表的な抵抗値のノイズよりも低いわけです。実際にMUSES72320のデータシートを見ると最悪の場合10uVものノイズを発生するようです。これはDACの残留ノイズよりもずっと大きな値です。
ここから考えるとデジタルボリュームの音が悪く聞こえるDACというのは、そのDACのノイズ特性が悪いということと同義だと思われます。大体実測SNが110dB以上出ていればアナログボリュームの劣化も徐々にはっきりしてくると思われます。このあたりがデジタルボリューム優位となるかどうかの運命の分かれ道と言えそうです。
ところでAIT labo、SAYAのプリアンプで採用されている300オームのアッテネータのノイズは0.33uVですからDACの理論SNよりもずっと低い数字です。現代の最新DACでアナログボリュームの劣化を最大限に抑えつつ現実的な負荷の大きさで検討するとこれくらいの抵抗値を採用することが求められるのかもしれません。
最後にResonessence社のこちらの資料です。
http://resonessencelabs.com/wp-content/uploads/2012/05/invicta_analog_vs_digital_volume.pdf
DACのSNとデジタルボリュームの性能についての数値データが有ります。ただしこの表のアナログボリュームのSNの表記で132dBという数字があるので熱雑音を含めていない理論値での計算だと思います。132dB出すには抵抗値100Ω以下が求められますのでDACの負荷としてはあまり現実的ではありません。例え理想アナログボリュームでの計算だとしても16bitなら-40dBまではデジタルとアナログの差はないようです。