オペアンプのようにソケットで手軽に交換できるようにして、色々なクロックオシレータをテストしてみました。この手のデバイスでは今までNZ2520SDがスペックも音質も評判が良かったように思いますが、実際に試聴&測定してみるとこれが最高というわけではないようです。
クロックはICを経由すると劣化することがありますのでFFT測定はオシレータ出力を直接観測します。ただし測定器の限界で-110dB以下の近傍ノイズは見ることが出来ませんので一定以上の性能になると全く違いがわからないのは残念でしたが、酷いものはすぐに分かる程度の測定性能はあるようです。クロック周波数はオシレータの入手性の問題もありまして、オーディオ用で一般的な24MHzや22MHzではなく20M、25M、27Mのものが結構あります。特に動作不良などは見つけられていませんが、この場合の動作はDACもASRCもデータシート記載外の動作になりますので追試等は自己責任でどうぞ。
試聴はDACにオシレータ出力を直接入力しAK4137を使ってその他の信号をオシレータクロックに同期させます。さらにAK4137のIIRモード+過渡応答特性に優れたアナログフィルタ構成とするとクロックの音質差がよく分かります。視聴すると意外なこともわかりました。そのあたりのまとめは下に書きます。
NZ2520SD
CMOS
http://www.ndk.com/images/products/catalog/c_NZ2520SD_NSA3446C_j.pdf
Frequency Tolerance : 30ppm
Phase Noise @1kHz : -147dBc/ Hz
本家の位相雑音スペックは最高なのですがこちらのFFTで見ると中心周波数の近傍に低周波成分のスプリアスがあるようです。中央のスペクトルが太くなっています。これはこちらの環境や電源の残留ノイズのせいかもしれませんが、他のオシレータは全く同条件でもこのようなものは出ていません。おそらく良い状態なら良い測定値を出すのかもしれないですが、そういう環境依存での伸びしろがあるのは他のクロックも同じなので、真の高性能とは何かを考えさせられる測定結果でした。
FOX HC735
HCMOS
http://www.foxonline.com/pdfs/FXO_HC73.pdf
Frequency Tolerance : 50ppm
Jitter RMS: 12 kHz ~ 20 MHz : 0.9ps
Phase Noise @1kHz : -112dBc/ Hz
Xpressoという名前でオーディオでもよく見られるクロックです。ロージッターを謳っていますがこの分野では中位です。測定でもSNが若干悪くスプリアスが多めに見えます。データシート上でも他のクロックより低周波の位相雑音が大きめです。
Crystek C3390 & C3391
HCMOS
http://www.crystek.com/crystal/spec-sheets/clock/C33xx.pdf
Frequency Tolerance : 3390 = 100ppm, 3391 = 25ppm
Jitter RMS: 12 kHz ~ 80 MHz : 0.5ps
測定上は特に文句をつけるところのない優秀なクロックです。
Pericom FKSSD1025
CMOS
https://www.pericom.com/assets/Datasheets/FK_3-3V.pdf
Frequency Tolerance : 50 ppm
Jitter RMS: 10 kHz ~ 20 MHz : 1 ps
これはNZ2520SDよりも近傍のスプリアスが更に悪いです。これも低周波の残留雑音の影響だと思います。
Kyocera KC7050K
Crystal Oscillator
http://www.kyocera-crystal.jp/wp-content/uploads/2014/09/clock_k_j.pdf
Frequency Tolerance : 50ppm
Phase Noise @1kHz : -143dBc/ Hz
Phase Jitter :12kHz ~ 20MHz : 1ps
NZ2520SDと同じようなスペックの非常に位相雑音の低いクロックですが、こちらは特に問題のあるような成分はありません。かなり高性能なのに非常に安値なのが特徴です。コストパフォーマンスはこれが一番でしょう。
ECS TXO
HCMOS TCXO
http://www.ecsxtal.com/store/pdf/ECS-TXO-5032.pdf
Frequency Tolerance : 1.5ppm
Phase Noise @1kHz : -135dBc/ Hz
ここからTCXOです。TCXOは温度特性を逆特性で補正しているので動作条件での長期安定性が良いクロックです。そのため低周波の位相雑音が通常のクロックよりも優秀なはずですがもう測定限界で普通のオシレータと違いがほとんどわかりません。僅かに中央付近のノイズフロアが低いような気もしますが。
TAITIEN TVETADSANF
TCXO Clipped Sine
http://docs-asia.electrocomponents.com/webdocs/0e32/0900766b80e32cf6.pdf
Frequency Tolerance : 2ppm
Phase Noise @1kHz : -135dBc/ Hz
こちらもTCXOです。優秀な測定値に見えますがクロックの振幅レベルが若干低いだけです。これはもともとクリップドサイン出力なので振幅が0.8Vしかありません。こういう時は次のようなレベル変換回路が必要ですが、これを小さいスペースに実装するのには苦労しました。
調べてみたら国内に変換回路の情報が見つからなかったのでここで紹介しておきます。こういう情報が国内に全然ないってのはちょっとよくないです。これで秋月のTCXOも3.3V入力の回路で使えますね。
Epson SG-8002DC
PLL QMEMS
http://akizukidenshi.com/download/ds/epson-toyocom/SG-8002DC.pdf
Frequency Tolerance : 100 ppm
Phase Jitter :1MHz ~ 33MHz : 200 ps
安くもないし質も良くないのになぜか秋月に大量に在庫している黒いパッケージのクロックオシレータです。ここからMEMSっていうタイプのクロックです。この種類は基本性能が悪いので測定レンジを大幅に広げました。PLLなので良くないのは分かっていたのですがどれくらい酷いのか比較用に買ってみましたが、全体的に雑音が多くてやっぱりダメダメです。
このレベルになるとDACの出力ノイズにも影響がでてきて音声の測定特性も悪化してしまいます。これをつけると発音時のノイズフロアが-150dB以下から-140dBちょっとくらいになってしまいます。クロックも悪すぎるとDACの性能が測定で悪化します。
SiliconLab 501JCA
CMEMS OSCILLATOR
http://www.silabs.com/Support%20Documents/TechnicalDocs/Si501-2-3.pdf
Frequency Tolerance : 20ppm
Phase Jitter :900kHz ~ 7.5MHz : 1ps
低周波の位相雑音が多いですが500kHzほど離れると-100dBを下回っているので基本的なSNは悪くありません。そのせいかこのクロックを使った時はDACの出力は劣化しませんでした。
SiTime SiT8103AI
MEMS oscillator
http://www.sitime.com/products/datasheets/sit8103/SiT8103-datasheet.pdf
Frequency Tolerance : 50ppm
Phase Jitter :900kHz ~ 7.5MHz : 0.6ps
シリコンラボの501と似たような特性です。このクロックは他社製品よりもかなり衝撃安定性が高いらしいです。ポータブル用途にはいいのかもしれません。これもDAC出力で劣化はありませんでした。
Com-true CT7301
ICから出力されたMCLKを観測してみました。かなり悪くて愕然としてしまいそうですが実際のDACの出力はこんなにひどいクロックでも劣化しません。このことは単純な目に見えるクロックの位相雑音だけがオーディオ特性を直接劣化させる原因ではないということを示していて、DACに影響が出る位相雑音成分とそうでないものが明確にあるということになりそうです。
CT7301はSG-8002より見た目は遥かに酷いのですが実際のオーディオ特性はSG-8002のほうがずっと悪いのです。CT7301はここまで酷いクロックですがDACの出力は比較的綺麗です。むしろアイソレータICをMCLKに使った場合には見た目もっと綺麗ですがDAC出力ではSNの低下がありました。
ただし現状ではどういう場合にDAC出力が劣化するのかハッキリとわかっておらず非常に不思議です。
Apogee Bigben
古いマスタークロックジェネレータですが、こちらはなかなか優秀です。今の水準だとちょっとSNが悪いかもしれませんがそこそこ綺麗です。
試聴レポート
クロックの音質による違いは空間の前後感と音の厚みだと思います。密度感というのか音がガッチリしていて厚みがある音は実は悪いクロックの音です。良いクロックはひとつひとつの音は細身ですが空間が広く立体的、前後感のあるサウンドです。
それでは順位と聴感の印象です。
1.ECS TCO
低音の安定感、空間の広さ、前後感、奥行きの深さのバランスが一番良好です。何故かTCXOは独特の安定感があって非常に落ち着きのある雰囲気(高級感とも?)を持っています。今回のテストで分かったことはTCXOは独特の音質があって、そこに実は位相雑音だけではなくppm特性も音質に影響している可能性が高いということです。こうなると今度はOCXOの音質も気になってきます。いままでジッター特性だけ見ればppmは重要ではないと思っていましたが、実際にはそうではありませんでした。やはり試聴テストは重要だと思います。
現状ではこれが1位なのですが失敗を見越して適当に安いTCXOを買っただけなので、よりppmが優秀なら音ももっと良い可能性が高いでしょう。
2.Kyocera KC7050K
これはとにかく細身で繊細な印象です。TCXOと比べるとほんの少し荒さがあります。ですが空間は1位と同じくらい広く前後感もあり全体的に非常に緻密な描写です。しかしとにかく低音の存在感が薄く、浮わついた軽い音に感じてしまう点が気になりました。軽いのではなくて下にぐっと伸びるような低音だったらもっと評価が高かったと思います。しかし何度聞いてもそれが気になってしまったので2位です。しかし価格を考えると1個150円なので、この結果は上出来です。
3.TAITIEN TVETADSANF
これもTCXOです。これもどことなくどっしりした安定感、高級感があります。全体的な雰囲気や音の傾向はKyoceraより1位に近い傾向です。ただし空間の広さと奥行きで2位のKC7050Kのほうが上だったので3位です。
4.Crystek C3390&C3391
TCXOと比べると荒さがありますが、それでも空間はまだ広く細かい音もよく聞こえてきます。ホールの前後感がよく出ているのはここまでです。ここから下はどんどん平面的になっていくからです。C3391はC3390とくらべてほんの少しだけ良い気がしますが、ほとんど同じなのでスペックからの思い込みかもしれません。
ちなみに最近まで当方はこのオシレータを使っていました。WM8741DACの頃に同社のCCHDシリーズと比較して大差なかったのでこちらを採用していました。当時は大差なくても今聴き比べたらかなり違いがありそうです。
5.NZ2520SD
うちの環境が悪いのかもしれませんがこのような順位になってしまいました。C3390より荒さは感じないのですがそのかわり空間が少し狭いです。個人的には空間がクロックの真髄だと思っているので空間の評価を優先しました。人によってはC3390よりNZ2520SDのほうが良いと思う可能性は十分にあります。しかしこのあたりから音が少しずつ厚くなってきて前後感、奥行きの見通しが悪化します。基本スペックは良い筈なので電源を良くしたらもっと良くなるかもしれません。
6.FOX HC735
荒い音です。ギスギスしててあまりここちの良い音ではないと思います。空間感がだいぶなくなって来ます。
ここまでで思うのは音の粗さというのは低周波の位相雑音が関係しているような気がします。CrystekのC3390は同社のCCHDシリーズと明確にクラスが分かれているので、スペックの12kHz以上ではロージッターですがそれ以下の1/f雑音はNZ2520SDよりも多いはずです。そしてFOXのXpressoも1M以下の位相雑音が大きめなのでさらに荒く聞こえるという仮説です。この点でND2520SDは荒さはそれほど感じませんでした。
7.その他
ここから下はどれもイマイチなので順位は無しです。とにかく悪くなると音が厚みを帯びてきて、一聴すると低音が前に出てきて、さらに音が前に出てくる感じです。でも実は平面的になっていて細かい音は聞き取りにくくなります。ですが聞いた感じでは、ジャンルや嗜好によってはむしろ悪いクロックの方がいいって場合は十分ありえると思います。このへんは測定特性が悪いクロックでも好きな音を選べばいいと思うところです。
8.Epson SG-8002
ぶっちぎりのワーストです。ここまでくると厚みだけじゃなくてかなり荒さも出てきます。音が前に出てくるだけじゃなくて暴れだすようなイメージです。といってもクロックのみの違いなのでトータルで聞けたものじゃないレベルまではいきません。ここまできても好きな人は好きな音だと思います。
12/13 追記
あれからここに記載した以上の特性のクロックを数万円投資して何種類も試しました。この帯域になるとひとつで数千円単位の高額品が増えるので厳しいのですがOCXOも含めて評価してみました。さすがに全てについて細かく書くと過去の内容に加えて膨大な記事になってしまうので簡単にまとめたいと思います。
まずppm精度による音質差は位相雑音とは別で存在するように思いました。と言ってもこちらの測定器では限界があるのでメーカー測定値を参考にするしかないのですが、メーカー測定値から判断すると少々位相雑音悪いクロック(1kで-140dBか-130dBか程度の違い)でもppmが低い個体のほうが最終的な音のクオリティは高いようです。このあたり通常のロージッター+低位相雑音だけのクロックではTCXOにはかなわない部分があるようです。結局上に書いた1位は最終的にはそんなに上位ではありませんでした。
そしてもう一つ、これは完全に私の好みの世界なので参考程度にして欲しいのですがOCXOレベルのクロックは意外と良くありませんでした。いや正しくは一定を超えるppm以下のクロックの音が合わなかったという方が正しいです。これはOCXOとTCXOの方式によらず5ppbや50ppbのクロックで試してみたのですが、ここまでの性能になると音の変化の仕方がかわります。それまでは空間が広がり細かい音がよく見えて低音の安定感が増すなど明らかに上位の音になっていたのですが、これをOCXOレベルまで引き上げると空間や情報量の進化はストップしてしまい今度は音のピントの合い方に集中して音がかわるようになります。
もう少し細かくいうと、音のピントが更に合ってきてアタックが非常に強く引き締まって力強いハイスピードな音になります。最初ハイハットの音の質感が変わったことが分かりました。他の音も同様にすごく筋肉質な音でゆとりも余裕もなくなっていきます。まさに体脂肪の低いアスリート的な方向性です。こちらはパワーアンプの音質も全くこれと同じ傾向なのでちょっとやり過ぎに感じています。とにかくこの傾向が個人の好みとして好ましくありませんでした。少し手前で止めたほうが優しさと柔らかさのある音質で望ましいと思いました。
注意したいのはこの変化の合う合わないは個人差が確実にある変化だということです。此処から先も追求したい人は確実にいると思いますが、個人的には途中でこれ以上はキツすぎると思い、適度に優しさがあり空間の広さがMAXである程度のレベルのクロックを使っていきたいと思いました。ここは最終的には自分で試して決めてもらうのが良さそうです。
そしてもう一つ、クロックの音質差はデジタル領域に片足を突っ込んでいる場所なので対策としては最終段階に近い領域です。違いがあるにはありますが、基板設計、電源、オペアンプの音質差と比べるとかなり変化が小さいので、他のアナログ部分を先にしっかり仕上げてからクロックに投資したほうがコストパフォーマンスは良いでしょう。だいたいDAC素子の音質差と近いレベルの音質差だと思います。
よく色々なシーンで極端な対策に多大な労力とコストをかけているケースがありますが、少ない箇所に対して集中的に改良していくスタイルは確実に良くなる反面、ある一定のところを超えると非常にコストまたは手間がかかる割にわずかしかよくならなくなっていきます。このような一点投資でぶっちぎるためには相当の労力または金額の投資が必要となりますが、実は他のものも満遍なくバランスよく対策したほうが最終的に楽に良い結果を出せると確信しています。例えるなら立方体と直方体の体積みたいなものでしょうか。極端な比率より比率が近い辺で構成したほうがスマートに最終体積を大きく出来るという話です。短い辺を残して一つの辺を伸ばし続けるのは効率が悪いという話しです。これはオーディオに限った話ではないかと思います。
[…] 使ったクロックは、キョーセラの7050k(22.5792MHz),7050a(24.576MHz)です。「Innocent Key Blog」さんの各種クロック&オシレータの比較測定で7050kが高評価だったので、入手性の観点から、これらを選びました。 […]