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オーディオと音楽性の関係

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2017/08/15 追記しました。

オーディオ界隈では良く音楽性という言葉があります。ですがこの音楽性についてまとまっている内容は余り見かけたことがありません。結局は個人の感性として片付けられていることが多い印象です。そして明確な説明を殆ど見たことがありません。

ですのであくまで音楽性の一つの見方ではありますが、経験から分かっている範囲の内容をまとめておきたいと思います。ただしここに書いた内容が音楽性の絶対の定義ではないことは予め断っておきたいところです。

音楽性が高い=どんな音楽なのか良く伝わる

音楽性とは音楽を通した「制作者が目的をもって行う何らかの表現」と考えています。よく出来た音楽は意識しているか無意識かにかかわらず、そのような何らかの意図が含まれることが一般的です。その意図にはあらゆるものを含みます。感動、安心、興奮、悲しみ、恐怖などの様々な感情、ほかに無機質なものだったり自然の描写などもあります。

そして音楽性が極限に高い状態とはどういう状態かというと、その音楽を聞いて100%誰もが音楽と共鳴している状態です。それは誰もが制作側の意図を完全に理解出来る状態ですが、現実的にはありえません。ですが仮定で理想を示すならばそういう状態です。もしそのような状態に近いオーディオシステムがあるとしたらそれは究極に音楽性が高いシステムということです。

要するに音楽性が極限に高い状態とは音源の意図伝達能力も極限に高いということです。

逆に音を聞いて何も感情を動かされない、全く何も意図を感じられないならば、その音楽性は無いということです。実はそれもその方向性で突き詰めれば虚無の表現となりますが、ここではもっと中途半端なものを指します。

音楽性が0の音楽をどれだけ音楽性豊かに鳴らしても音楽性は0のままです。そこは掛け算的です。だから音楽性を語る場合には音楽性のある音源を再生していることが前提となります。音源の音楽性を無視してシステムの音楽性は語れません。

システムで再生される音楽性は音源に含まれる情報が基準点になります。

音源にも音楽性の優劣はある

音源にも音楽性の高い低いがあります。いわゆる音楽性の高い音源とは上記の通り「伝達力が高い」ものです。伝達力が低い=音楽性の低いものは何らかの不要な要素が混じっており、意図がぶれていたり、表現が濁ったわかりにくいものになっていて、本来の意図伝達力が低下しています。

ジャズやポップスであれば作曲者、演奏者、エンジニアの実力が高く全員が目的と意図を共有し相乗効果を発揮したときに音楽性が高くなります。実力がちょっと足りなくてもメンバーの音楽性が一致していて相性も良かったりすると音楽性が高い可能性は上がります。方向性によっては未熟さがむしろ魅力になることもありますね。

オーケストラなら指揮者と楽団の相性、練度、楽曲理解の深さ、国民性等も入ってくるかなと思います。その場のテンションや空気もあります。そういった相乗効果が極まっていれば伝達力もあわせて極めて高くなります。それが音楽性の高い音源です。

そういった伝達力の高い=音楽性の高い傑作はジャンル外の嗜好を持つ人にも伝える力を持ちます。好みにかかわらず良いと思わせる力が強いわけです。「これは好みじゃないけど良いね」って作品です。こういう作品はヒット作だったり歴史に残る名演だったりする可能性が高いでしょう。

もし好みじゃないジャンルの曲を聞いてなお良いと思ったときは、その音源が素晴らしい音楽性を持っている可能性があるということです。

音楽性は十人十色

このような音楽性は上記の通りあらゆる方向性と多様性が存在しうるため、おそらく全ての音楽性を満遍なく捉えることは不可能に近いくらい難しいです。それはすべての人と完全に共感するようなものだからです。大抵の場合は人付き合いと同じで、合う合わないがあります。

音楽性の評価はその人にとっての得意ジャンルについては正しい認識を示せても、苦手ジャンルの評価は正しく行うことはできない=そもそも感じ取ることが出来ていないものです。そもそも共感もできないし感受性が存在しないような不得意な音楽の音楽性評価は不可能です。

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多様な音楽性を評価するためには普段から偏見のない見識や理解を持ち、分け隔てない他者への共感&理解力、観察力が必要だと思います。そんなことが出来る人はごく少数でしょうし、一人で全てを理解するなんてことはまず不可能だと考えます。

なので音楽性という単語を見つけても、その人が感じやすい方向性について一部を捉えているだけに過ぎないという解釈が妥当です。特定の方向性だけを指して音楽性という表現を使っている場合には音楽性のほんの一部でしかありません。それが全てのような書き方をしているかもしれませんが、大抵は「その人にとってはそれが全て」ということです。(日本のことしか知らないのにそれが全世界だと認識するようなもの)

だからこそ音楽性の評価は多様性の海に溺れてしまい、本当に客観的な評価は非常に難しいと予想されます。音源やシステムコンポーネント単一の音楽性ならば多数のレビューがあればなんとなく一定の方向性を示すものですが、システムトータルだとサンプル数が少ない場合がほとんどなので音楽性の評価は極めて難しいです。

当然ながらこれを書いている自分自身も音楽性の解釈は万能ではありません。得意不得意が明確にあります。ただし実力を自覚せずに万能だと思いこんでいるよりは良いという程度です。

オーディオシステムの目的と限界

オーディオの音楽性はまずは音源に含まれる音楽性がスタート地点です。元の音源に含まれている音楽性が100だとすると、それを100のまま完璧に伝達することは理想ですが、残念ながら不可能です。

オーディオ機器には理想から外れている部分が必ずあります。それは物理的制約です。付帯音やノイズ等の不要な成分が付加されたり波形が乱れたり時間が乱れたりします。そのような不完全な要因によって音源に意図しない成分が加わったり変化したり音が消えたりすることが発生します。これらは基本的には音楽性を減らす要素です。オーディオはそうやって不完全な状態で再生されます。

もちろんそのような付帯音やノイズが音楽性に貢献する場合もあります。確かにそういった要素が生きているならば音楽性の高い機材といえますが、それは非常に計算され意図された設計の場合のみに起こる「例外」です。原則ではそのような要素は音楽性を増やすものではなく音楽性の減少=ロスになる要因だと考えるべきです。

だからまずは音源をロスなく再生することを目指します。このように「音源に含まれている音楽性をコスト度外視でロス無く再生しよう」という方向性がハイエンドオーディオ、ピュアオーディオの基本的な路線です。

ですがそのような機器は必然的に高額になります。何故あんなに高額なのかといえば物理的制約をあらゆる手段を使って打ち破るためです。いわゆる目的のためなら何でもあり状態です。ロスを極限に少なくするためにコストや手間を一切制限しないメーカーが有るからこそ、ハイエンドオーディオは高額なのです。

しかし誰かが作った機器である以上、完全な理想はありえません。どれだけロスが少ない機器を目指して開発していても完全なロスレス=万能の音楽性を持つことはまずありません。必ずそこには誰かの趣向が出ます。

なので高い音楽性に加えてさらに多様性をもたせるなら、結局は複数のシステムを構築することが現実となります。それを複数もつとなると途方もない予算と場所が必要になりますが、超ハイエンダーはそのようなシステムを実際に構築している場合があります。彼らは理想を現実にすることを目指す選ばれた人たちでしょう。

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これがハイエンドオーディオと音楽性の基本的な関係と考えます。

音源の音楽性を見極めて最適なブーストを施し確実に結果を音源のポテンシャル以上にすることが出来る人は既にピュアオーディオを超えてプロエンジニアの領域ですからここでは例外とします。例外をあげたらきりがありませんのでまずは基本です。

音楽性特化で音楽性を高めることは難しい

予算が無制限なら物理的制約=ロスが最も少ないと感じる製品(趣向によって異なります)を導入しそれに合う部屋を作ることが理想です。ですが現実的にはそのような理想をどこまでも追求できるわけではなく予算には制約があります。

しかし予算に制限があるのと同様に、殆どの人にとって理解できる音楽性は限られます。誰しも好みがありますのであらゆる音楽を分け隔てなく再生出来る必要はないです。

そこで出てくる現実的な解は、ある程度のロスを許容して特定の音楽性に特化する手法です。ロスを極限まで減らすような機器は大抵高額ですから、現実的な価格のなかで趣向する方向性のロスが気にならない=趣向する方向性に特化した機器を選択することになります。

特定の音楽性に特化した場合の特徴として、大抵の場合は他の方向性が犠牲になります。その理由は音楽のジャンルや方向性によって必要とされる要素が別々だからです。あるジャンルではAという要素が音楽性を増幅する要因になっても、相反する別のジャンルではAは音楽性を減らす要因で実はBが必要だったりという形です。

このように一般的には特定の要素だけを強くすると別のジャンルではマイナスに作用する要素が含まれてきます。そうなると特化した方向性以外での音楽性は下がってしまいます。個性を強くしすぎたら排他的になるというのはオーディオ以外でも一般的な話です。それと同様に音楽性の特化はあらゆるジャンルの曲を聞く用途には向かない手段です。それでもそういう選択肢は予算とユーザーの趣向に限りがあるならば最も現実的です。

この音楽性特化で重要になってくるのは自分自身の音楽性の趣向の理解と、その趣向のために必要とされる音楽的な要素の把握です。これらをしっかりと理解して機器を選定する必要があります。その部分の理解が出来ていない限り、何を導入しても満足のできる音楽性を得ることは難しいでしょう。

例えば特化した要素がコンポーネントごとにバラバラになってしまうとその相反する要素同士が打ち消し合います。同時に弱点となる部分も相互に共有します。結果どっちつかずということになります。このような方向性の不一致があると悪いところばかり目立つシステム=トータルでは音楽性が低い状態=伝達力が低い状態となってしまう可能性が高いです。こういうときは何がしたいのかわからない出音になります。

ですのでしっかりと目指すべき方向性とその要素を理解していない限りいくら音楽性を高めたいと思っても本当に求める音楽性を高くすることは難しいでしょう。目が見えない状態で分岐の多い迷路を進むようなものです。

何もわからない状態ならばまずは自身の趣向をしっかりと理解すること、それもわからないならば録音されている音を嫌な音も含めてそのまま出すことが確実な前進になるのではないかと思います。音楽性に踏み込むのはどういった方向性を趣向としたいのかがはっきりしてからでも良いと思います。

録音されている音以上の音(一部ではこういうものを原音というのでしょうか?)を表現しようとする前にやるべきことは以上だと思います。既に趣向と音楽性を理解しているならばあとは自身の道を邁進するだけです。

追記:音源の音楽性の限界と音質の関係

こちらでやりとりをした記録です。音質と音楽性が無関係という話が出ていたので、そう感じる理由があるのでは?なぜなのか?考えた結果を記しておきます。

上記記事にも書いていますが、音源には音楽性は既に含まれています。それを最大限に引き出すためには音質は重要です。ハイエンドは手段を問わず音楽性の再現100%を目指す方向だと考えています。音質が0なら音楽性も0です。極端な例ではノイズに埋もれて音が聞こえなければ音楽性は0です。

しかし行き着く先としてどうしても高音質化=音源の再現性を高めたらつまらないって意見がありますね。その場合は音源に問題があると考えます。音楽性が元々弱い、音楽性を阻害する成分、それが音源に含まれていることです。

大抵の音源に上記の要素があるから話がややこしくなります。完璧なシステムが無いのと同じように完璧な音源も無いからです。なので特定の個性を持つ機材が有効になります。それで弱点を隠したり良いところを増幅したりします。下に書いた古い録音の再現方法はまさにこのパターンです。

高音質は不要ってことはありません。音源の欠点を理解してそれをコントロールするためには良く見えるシステムは非常に有効です。欠点が見えなければどう処理をしたら良いかも見えないからです。これは音楽制作的な発想とアプローチですが、オーディオでも間違っていないと思います。

高音質は音源のプラスとマイナスを同時に拡大します。理想はプラスだけ極大、マイナスは無くす方向性です。そこに近づく手段として高音質を完全に除外してしまうのは極端すぎる選択肢です。

絶対的なプラス量を重視するなら高音質は必須です。音源が理想に近づくほどその傾向は強くなります。

高音質を完全否定する路線はマイナスを見るくらいなら小さいプラスで良い。そういう選択肢だと思うのですね。もちろん欠点が見えたら駄目って考えの人もいると思いますし、逆にプラスが絶対的に大きければ欠点を含めて音源を好きになれる場合もあるかもしれません。

余談なんですけど、もしかしたら神経質で完璧主義な人は最後は音質追求を捨てる選択肢になるような気がします。逆に欠点を含めて相手を愛せるおおらかな人は音質追求しても良いところしか見ないので問題ないです。その人の性格がそれを決めるかもしれないですね。

音楽性を高める例外的な方法

古い録音などでは音源自体に音楽的ではない不要な成分がもともと含まれています。このようなときは不要な情報を消してしまうことが有効です。再生システム側で録音に含まれる不要な要素を排除することでむしろ音源の表現力が増します。

これはちょっと上に上げた考え方と違う方法ではありますが、古い録音を中心に楽しむシステムならば全てをさらけ出すような機材よりも、時代にあった音源に必要な情報だけを出すような機材のほうが、結果として音楽性は高いといえるでしょう。

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参考になりそうな外部リンク

オーディオの発達と音楽の関わり 逸品館

オーディオに於ける音楽性とは何か? ぱすてるぴあのさん

12時間円柱を描きつづけてはじめてわかったこと。「気づく」までにはたくさんの時間がかかるのに、みんな先に教わってしまうんだね。