ハイエンドDACの設計と、大衆オーディオの未来

今回紹介する内容と視点は自分個人のものなので、絶対的な視点とアプローチではないことははじめに断っておきます。まったく別の視点や別の方向性は世の中に存在しますし、そういう異なる流派からみたらこちらの紹介する手法が必ずしも望ましい進化の方向性ではない場合もあることは全く否定できません。どうかこの点を理解の上お読みいただければ幸いです。 このページの目的としては優秀な製品のノウハウを紹介することで、国内製品のレベルアップと国際競争力の向上に微力ながら応援したいと思ってまとめています。Oppo Sonica DACの内部を見るとこのままでは中華製品に国産大手が負ける日が来るような気がしてなりません。 昨今のイヤホン&ヘッドフォンの隆盛でユーザーの耳は成長してきていると考えています。従来の「弱点をごまかし、好みを強調した音作り」ではなく真のクオリティが評価され始めているというのはHugoの成功によって徐々に現実になりつつあると考えることは出来ないでしょうか?あの音は好みで片付けるような音ではなく、基礎クオリティが高い音です。Hugo以外にももちろん基礎クオリティの高い機材は沢山ありますが、大衆に評価された製品は他にはまだないと思います。 基礎クオリティの高さは好みを超越します。たとえば食べ物などで嫌いなものを美味しいお店で食べたら癖がなくて食べられたってことはありませんか?そういうものこそが基礎クオリティです。音楽でも音質でも同じようなことがあります。「好みではないけど認めざるをえない」ってことが起きるのは基礎クオリティの高さが理由です。だからこそ間口を広げるためには基礎クオリティを上げるノウハウが重要です。 もちろん従来の色付け系の製品も、そういった音を好む従来の顧客のための選択肢として残ることが望ましいですが、それだけしか選択肢がない状況では対応力が不足します。次の時代の準備を怠ったことで海外に出し抜かれるという歴史は既存の他業界国産メーカーが何度か繰り返してきた失敗です。 これからは逆に日本発の製品が海外のシェアを奪っていかなければなりません。輸入代理店より国産メーカーが元気でなければいけないと思っています。もうそろそろ国内メーカー同士で争ってる場合ではないでしょう。Hugoのような音を従来のIC型DACで超えていくにはどうすれば良いか真剣に考えなければなりません。ここでは基礎クオリティ向上のためのノウハウを具体的に紹介してみたいと思います。 こういう内容をまとめているサイトはありませんし、今後も出てくることは99%ないでしょう。ハイエンドDACの音質的ノウハウをまとめたページなんて探しましたがどこにもありませんでした。どこのメーカーも自分ところに都合にいいことしか書かないし、都合の悪いことは一切書かないです。メーカーの広告には素人が注目する謳い文句はたくさん書かれていますが、音の良い製品が何故音が良いのか、音が良い真の理由については語られません。こういう本当のことなんて国内(海外も?)では誰も書けないのだと思います。お金をもらって文章を書いているなら尚更です。でもそういう日本的な空気を読める姿勢こそが国内メーカーの未来を潰す可能性は考えておいたほうが良いと思います。 DACチップはハイエンドDACの必要条件ではありません しつこいようですが、これはいつもお伝えしている通りの話です。最新DACチップを使えば最高の音が出るわけではありません。それは既に多くの事例が結果を示しています。 今回紹介するハイエンドの中には古いDACチップを使っているものもありますが、実際の音質評価とはほとんど関係がありません。たとえスペックが劣っていても、古くても音が良い製品は良いのです。DACチップと音が良い製品にはほとんど相関性はありません。DACチップだけで素晴らしいサウンドが出るわけではありません。 DACチップ頼りの状態とはちょうどチームワークが重要な競技の弱小チームに一人スター選手を投入した状態です。そのようなバランスの悪い構成ではチームワークが重要な競技で強豪に勝利することは難しいでしょう。DACの設計は設計上のチームワークが重要です。それによってスター選手(ハイエンドDACチップ)をしっかりサポートして実力を引き出せたときにだけDACチップの優位性が現れるのです。 最近で最も典型的な例がOppo Sonica DACです。ES9038を使った最も安いDACです。これは最高スペックのICを使ったDACですが最高の音質のDACではありません。もちろんこの製品は実際の音を聞いたことがありますが価格からしたら悪くはないもののハイエンドサウンドと言い張れるようなクオリティでは決してありません。ですからチップ一点豪華主義で突出した製品になるわけではない、これが事実です。とはいえ従来製品HA1からしたら素晴らしい飛躍でした。内部設計も進化しています。それについては後述します。 そもそも、この製品がハイエンドって位置付けすること自体が間違いです。実はこの製品はそもそも大衆をターゲットにした、ハイエンド志向とはかなり相反する非常に良く練られた製品だと思いました。Sonica DACは突出しない究極の平凡サウンドであることが使命であり目的だと思います。 それについてもページ下のほうにまとめましたので是非読んでみてください。それを読めば自分自身はSonica DACを貶めるつもりはまったくなく、むしろ脅威だと感じていることがよくわかると思います。こちらの海外レビューには「聞くのが楽しくない」とありますが、それこそがOppoの狙いではないかと思いました。 REVIEW: Oppo Sonica DAC https://t.co/6lIqojapFH pic.twitter.com/8yPO5MrVec — What Hi-Fi? (@whathifi) June 20, 2017 DACの音質は総合力 DACの音質は総合力なので一点突破だけで良い音がでることはほとんどありません。特に低コストで良いものを作ろうと思ったら、バランスの良い設計であることがとても重要です。大きな弱点がなく低コストでも効率の良い音質的対策を施した機器は安くて良い音が出せます。 これは丁度長方形と正方形の面積と辺の関係に似ています。同じ辺の長さなら正方形のほうが面積が大きいです。面積を音質、辺がそれぞれの対策と考えると丁度同じような関係です。DACチップだけハイエンドで他は平凡みたいな極端な一点突破型の設計は長い長い長方形です。 実際のオーディオの設計ではこの辺に相当するものが超多次元的に広がっており、無数のパラメータがあるわけです。その総合力として音質があります。なので一見多くの対策を施し完璧に見えていても、気づいていない軸があってそこに大きな欠点が残っていると、その他の素晴らしい長所を見えにくくしてしまうリスクがあるわけです。 ここから抜きん出た高音質なDACはどういうものか考えますと、まずは基礎は満たしつつ、「普通の設計で意識されない領域にさらなる高度な対策を施した設計」です。すべて完璧な対策を網羅している製品は非常に少なく、1つか2つのの特別な対策があればそれで高級機と称す製品が多いです。本当に一点突破でそこだけ異次元な設計をしている製品もありますが、オーソドックスな設計+いくつかの特別な対策の製品が多いですね。あとはまとめ上げるバランスとセンス次第です。 個人的にはPCM1792以上のDACチップであれば既に十分な性能を持っているのでこれ以上の素子がハイエンドのための必須条件だとは考えていません。ですが実はES9038はちょっと特殊で、最大の優位性は後段のアナログ回路に求めるスペックと電源回路に求めるスペックがとても高いので、要求されるスペックを満たすだけで必然的に音質的に良い構成に仕上がることです。常識的な設計者ほど要求スペックが1なら1の物量しか投入しないものですが、ES9038は10のスペックを要求するので常識的な設計でも10の物量になるのです。ハイエンドDACは1の要求に100を投入しているような設計になっているのですが、ES9038は自動的にハイエンド的な設計に近づきます。 それではここから各社のDAC内部設計について書いていきます。注意したいのはこの記事では出来るだけ製品の弱点の列挙などではなく、良い製品を紹介し内部設計で音質的に優秀だと思う部分を紹介し、良いDACを作るために検討するべき材料を提供したいと思います。高音質なDACの具体的な設計事例と差別化の方法について、製品の内部写真を紹介しながら分かる範囲で紹介していきます。 Forssell MADA-2 オーディオの方はご存知でない方も多いかもしれませんが、業務機では定評のあるDAC機材です。海外での評価値、もちろん一例ですがこちらを見てください。 オーディオの方が見慣れてそうなブランドはMytek、PS-Audio、Ayre、Meridianでしょうか。またLavryのDA2002はマルチビットのDA924と同じです。これも名機ですね。PrismSoundは業務機のハイエンドです。ここで紹介するForssell MADA-2はPS-AudioとAyreを超える、DA924に近いかちょっと超えたレベルにあるDACだということです。 実際海外でこの機種の評判を調べてみると、プロオーディオの世界でもかなりの高評価です。プロオーディオはコストパフォーマンスに優れる機材も多く、高くて音が悪ければ誰も使わない厳しい世界ですが、そのなかでも定評のあるモデルです。その音質はプロが認めた本物であると考えるのが妥当でしょう。 ではこのMADA-2の内部設計について見てみたいと思います。写真が限られているので見える所だけの判断です。 トランスが非常に小さいので低音が伸びないでしょう。良く言えば繊細な音になります。 電源回路はICレギュレータだけなので高性能な電源ではないです。またレギュレータの配置が負荷から遠い位置にあるので力強いハイスピードな音ではないはずです。そしてトランスが小さく負荷の近辺に大きなコンデンサが存在しないので低音が控えめな傾向になります。負荷(IC)側の低周波PSRRは電解コンデンサ依存でないため、電解コンデンサの個性(帯域に癖のある音)が現れにくいです。ここに電解コンデンサを大量に配置したら国産大手みたいな音になると思います。 CS8421-SRC+直近配置のクロックを使用してSRCによるジッター除去をしているようです。ジッター除去はノイズフロアの確保のためには必須です。これにより透明感のある音になります。ただし基準となるオシレータのあとにロジックICを挿入しているためロジックICの出力ジッターが多少乗ります。ただしロジックICの駆動力によるプラス効果もあり力強さが出てきます。ここはジッター性能とトレードオフとなります。ロジックICがないほうが透明感のある柔らかい音です。 DACのIVではなくその後ろのLPFバッファ段でLCフィルタを使用しているように見えました。これはリファレンス回路より進んだ高周波対策を行っていることを示していると思われます。ただし最大の問題はここで高周波ノイズを除去してもクロックラインとXLR出力線が平行に這っているので、結局最終出力経路で高周波ノイズを再度拾っていることは問題です。ただしクロックラインのノイズは固定周波数成分なので音の分離にはあまり悪影響がないのは良い点です。多少の色付けはある可能性は高いです。 PCM1794をはじめ周辺ICの電源ピンのほぼ全てにアナログ、デジタル関係なくフェライトビーズを入れています。このような対策は多くのDACで行われていないのが実情なので、これが最もForssellのDACが高音質な理由で優位性だと思いました。デジタル配線のみならずアナログ配線にも小容量セラミックコンデンサを複数並列に配置する対策も良いです。 上記からForssellの設計で最も特徴的なのは電源線と信号線の高周波ノイズによる音質的影響を知っている点です。これは大半のメーカが未対策なのが現状です。この部分に手を入れないと一線を越えた滑らかな音質にはなりません。おそらくこのメーカーの評価が高い一番の理由はこの部分の設計の優位性によるものだと思われます。 トータルの音質傾向を予想すると高音がほかのDACと比べて滑らかかつ分離がよく、非常に腰高で繊細な音のするDACだと思います。しかし低音は弱く、高音も僅かに色が残る音質ではないかと考えます。ぱっと聞いて滑らかでハイ上がりな音ですからこれが高解像度と錯覚する可能性のある仕上がりの音でもあると予想します。真の低音は出ないので低音のリファレンスとしては適していないDACでしょう。 実はここまでの推測は実際の音を聞く前に書いたものです。でもあとで実物をちゃんと聞きました。この比較は音楽制作のエンジニアさんが集まってSonyスタジオで比較しました。このときは自分だけの評価ではなくマスタリングエンジニア複数人による耳による各項目ごとの評点をやりました。(この日の比較はあとで個別記事でまとめたいです) このForssellの低音の評価は意外と高かったです。スピードが遅い機材よりは無理せず量は出さないかわりに非常にスマートで引き締まった描写は好まれるようです。量が多くても遅い低域より、量が少なくても早い低域をプロは好むということのようです。 実物の低音は細身で伸びは無いところまでは予想通りですが、柔らかいわけではなくハイスピードで引き締まっています。負荷の周辺の直近から電解コンデンサを意図的に排除しているものと思われますので、低音の質感は普通に電解コンデンサを沢山配置しているDACとはだいぶ異質で非常に軽快なものになっています。 高音は予想通り結構荒れており解像度が高い状態のまま荒々しい部分が前面に出て来る感じでした。分離は業務機なのでコストパフォーマンスは良いですね。実は細身な低音も荒れた高音も流行の音楽を意識しているというお話もありましたので、これらの設計はForssellによる意図的な音作りの結果である可能性が高いです。上記のトランスが小さいことや配線を長くしていることも意図的で個性に寄与している可能性があります。 意図的な設計は重要です。確信的な個性をもたせることは時に強い魅力や説得力を感じさせる要因になります。 ただし上記のスタジオにてDAVEと本機を比較もしましたが結局DAVEのほうが遥かに総合クオリティは高いです。エンジニア諸氏による評価でもDAVEのほうが総合得点では上です。しかもかなり格差はありました。DAVEを超えるためにはこの程度の対策では全く不十分です。本機の音質的基礎クオリティはそこそこ高いですが、この理由によりスーパーハイエンドであるとは思いませんでした。 Bricasti Design M1 コメント欄で質問いただきましたので、このDACの内部設計の特徴を書いてみたいと思います。とりあえずDACボードの写真がネットで公開されていましたので内部を見てみます。 写真中央上、基板間のデジタル伝送ラインに差動信号(LVDS?)を使っています。このような設計は少数派です。ちなみにはじめてこのようなパターンを見たのはberkeley alpha dacでした。このように設計するとGNDを分割しても信号が崩れないことが特徴(戻り電流が差動ラインで確保されている為)ですから、複雑なレイアウトのときにGNDを分割しループを防ぎながらデジタル信号品質を確保することが出来ます。 左のU110からの出力に差動MCLK+LCRクロックフィルタのようなパターンが見えます。この行き先はU140でこれはジッタークリーナだと思われます。フィルタによるジッタ除去+ジッタークリーナを通し、AD1955に入っています。このことから二段構成の入念なジッター対策がこのDACの特徴になりそうです。パッシブフィルタでジッタを除去できるって文献は何処かにあったと思います。 シルクでFLと記載されているコンデンサは三端子コンデンサ、またはフィードスルーキャパシタといいますが、このコンデンサは通常のものよりも高周波特性に優れています。こういったパーツをあえてDACのアナログ端子でも投入することは稀ですので、この部分は音質的優位性が発生すると予想します。 正負電源はLT1363を使用したオペアンプレギュレータのようです。このあたりは通常のICを使った場合と比較すると電源の高性能化、高音質化に寄与しています。ただしLT1363は電源で試したことがありますが音は硬質で低音もやや軽めです。なのでこのDACはどこか硬質な音質じゃないかなと思います。 DAC周辺のデジタル電源は基本的にICを使っているようです(LT1763とLT1762?)。IC電源なので性能は上記オペアンプレギュレータより劣ります。ノイズ性能は20uVですからそこまで優秀ではありません。ただしICを使うと小型省スペースのレイアウトが実現可能なのでポイント・オブ・ロード設計による負荷の干渉の問題回避、ICからみたレギュレート性能向上の優位性があります。これも引き締まった音質になる傾向です。 IV段以降はディスクリート+オペアンプという構成を基本にしているようです。ディスクリート回路のパターンは読んでいないのでこの部分の特徴については不明です。国内ではディスクリート関係の資料が豊富ですので、あえて重複する部分をここで取り上げる必要はないと思います。 音質は実物を聞いたことがありませんので記載はできません。ですが上記のとおり複数の特別な音質的対策を施しておりますので、一般的なDAC設計よりも明確な優位性があります。こういった部分はすべてが仕上がり音質面にも影響を与えているものです。当然ながら複数の優位性がありますから、そこらにある普通の設計のDACよりはるかに高音質な可能性が高いわけです。 このDACは聞いてないので音についてはわかりませんが、設計から音質傾向を予測して見るならBricastiは全帯域で引き締まった音を好んでいるように見えます。そして電源とDAC基板が左右セパレート構成ですから左右の広がりには特に優れているはずです。フェライトビーズやフィードスルーキャパシタによって高域は緻密でピントの合った描写だと思いますが、電源自体のノイズ特性には問題があるので中低域の透明度は低いと思われます。LT1363の影響がありますのでトランス電源ですがやや硬質な雰囲気がありそうです。トランスは小型なので低音の伸びや出音の余裕はそこまででもないと思います。これも良く言えばキレがあって軽快な低音だと思います。細かく書いていますがあくまで予測です! 以上から考えると少なくとも量感があってどっしりした余裕があるような音とか柔らかい音ということはないと思います。ジッター対策についても入念ですが最終段のジッタークリーナICの出力性能がボトルネックとなりますから、実は低周波位相雑音はCrystekのCCHD950などを直近で配置しているDACより不利だと思われます。電源もLT1762などを使っているので決してDAVEを上回れるほどの突き詰めた設計には見えませんでした。 それを裏付ける海外のレビューもあります。Bricastiは定評もありますし支持者もいますが直接比較でDAVEを上回っているというレポートは今のところ見たことがありません。 https://forum.audiogon.com/discussions/chord-dave-or-ayre-qx5-twenty-dac CH Precision C1 こちらもコメント欄でリクエスト頂いたものです。 PCM1704を使っています。マルチビットDACはデルタシグマDACのようなノイズシェーピングによる帯域外残留成分がありません。この帯域外残留成分はNFBアンプの挙動にも影響を与えますし周囲の回路への影響もありますので音質的な悪化要因をいくつか抱えています。スイッチング電源を使うと漏洩ノイズの対策に苦労するのと似ています。マルチビットDACはスペックこそ多少落ちますが上記の問題が起きないことが利点だと思います。 IV以降がすべてディスクリート構成になっています。特に最終出力段は3パラレルのドライブ段のように見えますので小型のパワーアンプ並の出力電流の余裕を持たせているようです。途中経路のディスクリート回路がどうなっているのかはこの画像ではわかりません。 電源はLT1677を使用したオペアンプレギュレータです。PCM1704は2系統の正負5Vを要求しているので電源回路の規模もこの要求に従っているものと思われます。BricastiはLT1363だったのでそれと比較するとC1は速度は劣りますがゲインとノイズ性能は上回ります。突き詰めるとこのあたりの差も重要になります。 PCM1704の電源端子にはフェライトビーズ+コンデンサが使用されています。これはForssellのDACに近い設計ですね。Bricasti M1では三端子コンデンサでした。これらは普通のコンデンサをただ何も考えず電源ピンに対し一つずつ置くより良いです。 PCM1704周辺のコンデンサで最も面白いのはほぼすべての品種のコンデンサが並んでいることです。ポリマー、電解、フィルム、セラミック、タンタル、ほとんど全員集合しています。もしかしたらコンデンサの品種ごとの音質的個性を打ち消すためにこのような設計になっているのかもしれません。すべて並べれば特定の品種の色がつくことはないでしょう。 この製品の音質はマラソン試聴会でdCSのVivaldiと比較したことがあります。dCSと比べると大分真面目な感じです。どちらが良いかと言われたら個性で選ぶレベルだと思います。簡単に言うとdCSがふわっと軽やかな出音にたいしてCHはがっちり力強いイメージが有りました。絶対的なクオリティは若干C1が上かもしれませんが個人的にはdCSの音のほうが好みでした。また上記の設計が音にどれくらい関わっているかはこの時の聴き比べ程度では全くわかりませんでした。 MSB DAC ディスクリートマルチビットDACが最大の特徴です。高精度のものを作成するためには高精度抵抗が必須ですがMSBはそれに真面目に取り組んでいるメーカーです。CHプレシジョンと同様、広帯域ノイズが原理的に少ないため周囲回路への悪影響が少ないことはマルチビットの優位性です。 MSBモジュールは12Vと5Vを使う高電圧仕様です。最近のDACチップは電圧が下がっていますがMSBは電圧が高いのでSNでは相当に優位です。さらにモジュール内部にLT製オペアンプですが出力バッファを搭載し、出力LPFが不要という仕様なのでアナログの出力回路で悩まされるということがありません。モジュールの出力を直接外部駆動に使用できる余裕があります。 DACモジュールに注目しがちですがそれ以外の部分もバランス良く、クロック、DSP、電源部の回路設計も伝統的にかなり力が入っています。デジタル処理の音質的影響は軽微ですが、クロックは違いが出ます。内部仕様が不明ですが低周波位相雑音と広帯域ノイズに配慮した設計のようです。このあたりは音質に影響があります。 最新のSelect DACではパラレル化を推進し、16パラまで増やしています。これによってSNは4倍に向上します。パラレル化はコストパフォーマンスは最悪ですがコスト度外視で最高を求めるなら有効です。MSB社は周辺回路が概ね極まった状態でパラレル化をしていると思いますので良いですが、ほかが極まっていない状態でパラレル化をすると無駄にコストがかかる結果になります。 MSB-DACの優位性はディスクリートマルチビットだけではなくて、伝統的にDAC素子以外の構成に全く手抜きがないことが最大の要因です。この部分を勘違いして「ディスクリートマルチビットDAC凄い」っていう印象でしか見ていないと音が良い理由を見誤ります。MSBモジュールを使っているから高音質になるという訳ではないのです。(実際に使って試した意見です) MSBは非常におとなしくて上品な音がします。マルチビット高電圧なのでデルタシグマ系でよくある高域にサラッとした質感はほとんど無く、とても落ち着いた地味な音質なのですが骨格はしっかりしていて貧弱な音ではありません。このあたりは美音で勝負の国内で主流派とはかなり傾向が違います。なのでMSBは質が良いと感じても好みだと感じる人は国内ではさほど多くはないと思います。DAVEよりもずっとおとなしい音です。ここで上げた製品の中では一番落ち着いた音だと思います。しかしとても上質なのでMSBは違いのわかる玄人向けの音質ですね。 ちなみにパラレル化は基本性能を極限にしてから行わないと価格性能比は悪化しやすいです。パラレル化は2の平方根で性能が向上するので数が増えるほど性能向上幅が少なくなっていきます。4倍の性能にするためには16パラが必要です。10倍にしようと思ったら100パラです。確実なクオリティ向上が出来る代わりに物量とコストはどんどん上がりますのでかなり効率は悪い方法です。現実的なのは4パラまででしょう。 なのでパラレル化をする場合には基本的な性能で極限を極めてから行う最後の手段にしないと価格ばかり上がってしまいます。パラレル以外に有効な対策があればまずはパラレル化以外の方法を取るべきです。例えばノイズの低いアンプや抵抗や回路構成にする等です。大抵の場合はそのために高価な部品を使っても価格は2倍にはなりません。本当に物理的な限界に到達しているかよく考えてからパラレル化をしましょう。中途半端な性能のままパラレル化をした製品は最悪のコストパフォーマンスです。SelectDACは明らかにコスト度外視で設計しているということです。 ここでMSBの電源回路を紹介します。完全に正しい回路図ではないと思いますが、概ねこのようになっています。最新のSelect DACでもLT1126っぽい刻印が見えているので昔から殆ど変わっていません。MSBはLTが好きみたいでアナログのオペアンプなどもLT尽くしです。 リファレンス電圧をLT1027で生成しフィルタでLT1027の広帯域ノイズを除去、そこからLT1126デュアルオペアンプの2chを使ってバッファ+出力をフィードバックしていると思われます。ICリファレンスのノイズにフィルタで対策していますので設計は優秀です。こういうところも最終音質にはしっかり効いてきます。 CはPMLCAPっぽいものを使ってますのでコンデンサの品質にもこだわっています。回路図後段のD1(上の画像だとD6)は場所的にオペアンプのスイング電圧を制限するためのものなのでもしかしたらLT1126の電源はトランジスタ後段からとっているかもしれません。ですが大幅に違う回路ということはないと思います。 Resonessence labs invicta 筐体サイズからみてかなり大きなトランスを使っているので、本体サイズの割に力強く伸びのある低域と、余裕のある中高域の描写が期待できます。 トランスからの漏洩磁束を防ぐためのケースの仕切りがあります。DACボードとトランスの距離が近いので仕切りをしないと出力にリップルが乗る可能性が高いです。 クロックはCrystekの低位相雑音タイプ。ppm追求型ではなく位相雑音追求型です。ES9018採用DACではこのパターンがとても多いです。 最大の特徴はDACボードです。ES9018の電源ピン配置に最適化された電源レイアウトです。構成はデュアルのオペアンプレギュレータですが、左右に駆動用トランジスタを配置して負荷の目の前に配置しています。フィードバックリファレンスとしても経路としても最適なレイアウトです。結果として最短配置の高性能オペアンプによる高性能レギュレータという構成になっています。ここまで最適化すると発振リスクがありますがそこはうまいこと処理をしているのでしょう。このレベルになると負荷周辺には当然のように電解コンデンサはありません。 … Continue reading ハイエンドDACの設計と、大衆オーディオの未来